■紙芝居王_第一集第一景
『星降る屑山から』_ver_0.35
トマナークが方向舵に見合う部品を探していると、威勢のいい娘の声が聞えてきた。少年は、埃と油にまみれた顔を、廃材の合間から覗かせた。
満天の星空の下、屑山の頂で、活弁士と繰人絵師が、紙芝居を催していた。
見物客は、誰もいなかった。
「姉ちゃん達、またやってんの? 誰もいないのに」
『少年が夢見ていたのは、忘れられた時代の滑空型飛行機械』
「…!?」
黒衣の絵師がかざす角灯が照らす柔らかなオレンヂの光の中、でたらめに巻いたターバンから赤毛をのぞかせた娘は、噺を休めることなく少年に片目をつむってみせた。赤毛の活弁士が手元の即席台を扇子で一打ちすると、白仮面の絵師は瞬く間もなく絵を抜き取り、次の光景を現した。
「あっ!」
紙の中の青空には、トマナークの憧れを写し取ったかのような、飛行機械が飛んでいた。
『それはついに両翼に風を受け、自由と希望の空に舞い上がった』
多腕の繰人が、惜しみなく次々と絵を抜き取る。古の飛行機械は村や町や森や山々を越えて、遥かな空を旅していった。それはトマナークの夢そのものだった。
少年は思わず自分の頬をつねってみた。ここに立っている自分は、夢の中の自分かもしれない。未完成の飛行機械や遠い空への想いを、三日前に偶然であった旅の紙芝居屋に都合よく託しているだけなのではないか、と。頬は痛く、廃材の油汚れがべっとりとついた。少年は急に嬉しさが込み上げてきて、思わず声をあげた。
「もっと遠くまで飛んでいけっ!」
黒衣の繰人がその声に応じ、紙を抜き取った。
「あ!」
『……暴れ気流に巻き込まれたリエンタル8號は、尾翼をもがれ、追憶の都に落下』
次の絵は、黒地に白文字の『劇終』。
『ラフノル卿のその後を知る者は、誰もいなかった』
活弁士の声とその後に続いたしばしの沈黙が、芝居の終わりを告げた。
トマナークは溜め息と共に、がっくりと肩を落とした。
「まぁ、そんなにがっかりしなや。うちもまさか、落ちたまま終わりになるとは思わんかったけどなぁ」
ユトは明るく笑いながら、鉱石テレビの外枠に腰かけうなだれる少年の肩を叩いた。陽気な娘に、罪悪感は微塵も伺えなかった。
「姉ちゃん達、てっきり俺のこと励ましてくれてるのかと思ってた……」
「いや、うちもほとんど最後までそのつもりやったで。悪いのはあの絵描きの方やな……」
ユトは悪戯好きな笑みを浮かべながら、横目で相方のバムザを見た。足下から突き出す歪んだ鉄骨に掛けた角灯の明かりの隅で、黒衣の繰人は、無言で芝居道具を片づけていた。
「『そのつもりだった』……って、話の終わり、知らなかったの?」
少し顔を上げた少年が、夜空を見上げ鼻歌まで唄いだした娘に問う。
「うん」
星空の下、ユトは曇りのない榛色の瞳で即答した。
「うちら、いつも即興で芝居やってるんや」
「…即興?」
「バムザの絵の方も、お天道さまのオマカセで描いてるから、悪気はないんよ。なんかそれなりの意味はあってもね」
「…意味?」
「うん。あるいは啓示」
「…啓示?」
問い掛けを止めて少し考え始めたトマナークをよそに、二人は身支度を終えた。
「じゃあ、うちら、そろそろ行くわ」
「…え!? もう行っちゃうの?」
トマナークは思わず顔を上げ、二人に駆け寄った。
足場の悪さもあり、無残に千切れた導管の縁が、彼の服にひっかかった。瞬間、少年は気づいた。彼には二人を引き止める意味も理由もなかった。星空を見上げていたユトが、振り向いて言った。
「この辺りのマナも殆ど写し取ったみたいやし。それにお客さんも来てくれたし」
「でも俺はまだ…」
芝居道具一式を自らの黒衣の中に押し込んだバムザが、その黒衣の中からいびつに長くて細い、三本目の白い腕を少年に延ばした。大きな掌には、導管や基盤が剥出しの機械部品があった。
「あ!……これは……」
大陸製(イラリオル)動力変換機。ユトは悪戯好きな笑みを浮かべながら、横目で相方のバムザを見て言った。
「嫌ぁな噺の終わりのお詫びのつもりとちゃう? 貰っときや」
「でもこんな貴重な物……俺なんかが……」
少年は手を伸ばしきれずに迷った。黒衣の繰人は微動だにしなかった。やがて少年は、思いきって手を伸ばした。屑山からはどうしても見つからず、自分では造ることもできなかった大事な部品を掴んだ。
トマナークよりほんの少し背の高いユトが、少しだけ身をかがめ、顔を近づけた。思わずどぎまぎする少年と同じ高さでほんの少し目を細めると、彼女は嬉しそうに囁いた。
「夢の続きは、これから……かもねっ。ラフノル=トマナーク卿♪」
「…!?」
少年は、未来を瞬いた。
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