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▼worlds 紙芝居王
■01_03
『草原で交わる四つ辻から』
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■紙芝居王_第一集第三景
『草原で交わる四つ辻から』_ver_0.33

 青空に向かって傾いた白い標識が一つ。落ちた標札が一枚。
 あとには何もない大草原の辻道で。
 旅商人と旅芸人が勝負していた。

 草原を流れる乾いた風が、肌に心地よかった。

 骨董商人カムパネラは、青い荷袋の中からとっておきの珍品を取りだした。
 それは煤けたように黒い、古ぼけた黒眼鏡だった。

「なんやねん、それ。ただのヤンキーなメガネやん」
 活弁少女ユトは、荷袋からブツが出た瞬間、文句をつけた。
 繰人絵師バムザは、あぜ道を外れ、草原の中にいた。二人からは少し離れていた機械人は、直立不動で昼下がりの青空を見上げていた。肩から下全てを覆う黒衣が、微かな風にそよいでいた。

「侮ってはなりません。肝心なのは中身……ということで、『カムパネラ星屑商店』随一の掘り出し物、<蜃気楼眼鏡>をどうぞご覧下さい」
 細面の青年はにこやかに、その丸眼鏡を、ターバンを大ざっぱに巻き付けた口の悪い娘に差し出した。
「中身って何ぃ? ひょっとしてこんなダサイ代物、うちにかけてみろ、ゆーんか?」
 ユトは、受け取る前に、遠慮なく嫌な顔をして言った。
 カムパネラは、商い用とも素ともとれる不思議な笑みを浮かべて応えた。
「ええ。見た目は気に入らなくても、とりあえずかけてみて下さい。この勝負に相応しい、貴女のお気に召す珍な一品ですから」
 草原の中で一人佇んでいたバムザは、六本の白い腕を大きく広げた。木炭、絵筆、水入れ、パレット、そして木枠で固められたキャンバスが、それぞれ握られていた。二人からは少し離れていた機械人は、再び直立不動で昼下がりの青空を見上げる。黒衣を吊るす白い外殻の先に、風に流されやってきた蝶が舞い降り羽を休めた。

「……コレ、かけたら外れんよーになって、代金請求されるとかちゃうやろなぁ」
 ユトは、黒眼鏡を両手に、半眼上目使いで言った。
 カムパネラは、疑り深い娘に苦笑いな笑みを浮かべて応えた。
「大丈夫。そんなアコギな商法はしてません」
 バムザは動きを止めていた。

「じゃあ……ははーん。兄ちゃん、うちに気ぃあるんやな。この変な色眼鏡で自分をカッコよう見せて、可愛(カエ)らしいうちをホの字にさせるとか」
 ユトは、丸眼鏡を手に、目を据えたまま不敵ともとれる笑みを浮かべて言った。
 カムパネラは、自惚れ娘に困った笑みを浮かべて応えた。
「そんなわけないでしょう。疑り深い人ですねぇ」
 バムザは動きを止めていた。

「どうしました? ひょっとしてあまりの珍しさに虜になるのが怖いとか?」
 今気づいたかのような軽い拍子で言ってのけたカムパネラの売り言葉に、ユトは更に目を尖らせ頬を膨らませて言い返した。
「んなわけないやろ! かけたるわい!」
 荒くれ者そのものな口調で買い言葉をブチ撒けたユトは、両目をギュッと瞑ると、思いきってその黒い丸眼鏡をかけてみた。


 目を開くと、旅商人越しに、世界が揺れた。

 紙の上に、色が滲みだすように、黒い空と雲以外何もなかった草原の上には、太古の都が繁栄していた。

 行き交う人達の声が今にも聞えてきそうだった。しかし声は届かず、ユトは思わず、巻き付けたターバンで隠した長い耳を出しかけた。

 草原を流れる乾いた風が、肌に心地よかった。

 緑のさざ波の中で一人佇んでいたバムザは、六本の腕をおもむろに構えた。木炭、絵筆、水入れ、パレット、二枚のキャンバスが、それぞれ繰人の眼前で停止した。二人からは少し離れていた機械人は、直立不動で昼下がりの地平を見ていた。黒衣を吊るす白い外殻の先で風に揺れていた蝶が、流れを確かめるように、ゆっくり羽を羽ばたかせた。

「どうです? 私の<珍な>出し物に参りましたか?」
 身を乗りだし、口を丸く開けたまま動かなくなった、赤毛の勝ち気な旅芸人を見て、カムパネラは勝利を確信した。
 しかし、ユトが次に口にした言葉は、旅商人が待っていたものではなかった。

「バムザ、やるで」
 ユトは悪戯好きな笑みを浮かべ、目の前に広がる黒い景色を見たまま、相方に言った。
 バムザは筆を動かし始めた。上半身は微動だにせず、六本の腕が神速で瞬いた。黒衣を吊るす白い外殻の先で風に揺れていた蝶が、飛び立った。

『ここに語るは、ある硝子職人を虜にした魔女の萬華鏡と、男共々その中に消えた古の都に纏る物語』

 それは、在りし日々と来る未来を同時に映し出す奇妙な遊具が引き起こした、少しだけ哀しく、とてもはた迷惑な話だった。講談するように、節を付けて突然語り出した黒眼鏡の娘に、カムパネラはあっけにとられてしまった。しかし、彼女が語る噺をそれとなく耳にするうちに、旅商人は我知らず、次第にその物語へ引き込まれていった。

『硝子職人が焦がれたのは、永遠の輝き。魔女はこの中でなら、それを夢見続けることができる、と……!』

 勢いよく振り上げた右手の扇子が頭上で止まった。黒眼鏡は目の前で広がる古の都に据えられたまま、活弁女史は語りを止めた。急におろおろと何かを探すように、彼女は空いた左手を前方でゆらゆらさせ始めた。
 バムザは黒衣の中から新しいキャンバスを引き出し、物語を描き続けていた。
 既に話の続きが気になっていたカムパネラは、ユトの側の草原の中から突き出るように置かれていた縦長の木箱を、試しに彼女の前に運んでみた。左手が木箱の端を掴むや、右手の扇子が一打ち。軽快な音を立てて振り下ろされた。それは活弁再開の合図でもあった。

『!…かつて百の魔神と千の星霊の欠片を閉じこめたという、太古の黒い万華鏡を差し出した』

 弁士が手元の即席台を扇子で更に一打ちすると、傍らの絵師は瞬く間もなく今まで見せていた絵を黒衣の中にしまい、変わって今まで描いていた次の光景を現した。紙の中の満天の星空の下、闇の魔神達が歪な腕を広げ、星屑の天蓋を、太古の都に覆い被せていた。

 物語は続く。閉じた円筒形の世界で、魔女は自分の過ちに、男は自分の鈍さに、それぞれ気づく。
 バムザが次々に絵を描いては旅商人に見せ続ける。カムパネラはすっかり物語の虜になっていた。

『かくして男と男に恋した魔女を閉じこめた萬華鏡は、古の都と共に壊された。萬華鏡の両端に使われていた二つの丸い黒硝子は、在りし日々だけを見せる黒い丸眼鏡となり、人々の間を旅していった……』

「……それホント?」
 紙芝居が終わるや、カムパネラは、そう訊かずにはいられなかった。
「さぁ? うちらの<珍な>出し物は、こういう無責任な芸なんよ」
 芝居を終えた活弁士が黒眼鏡を外して言った。白い小作りな顔や榛色の瞳には、先程までの疑いも自惚れも、勝ち誇った様子すらなかった。軽く放心したようなその様子は、彼女を別人のように見せた。娘は芝居中、何度も扇子で叩いていた即席台を抱えて草原の中へ踏み込むと、相方の黒衣の中へそれを押し込んだ。物語共々、娘のそんな意外な表情にも驚かされた旅商人は、心からの笑みを浮かべて言った。
「いやぁ、お二人の芝居にすっかり引き込まれてしまいました。私の負けです」
 その言葉を聞くや、にやっと相好を崩しユトが振り返った。うんうんと自分で頷きながら、あぜ道へ戻る。言い合いをしていた時の軽い口調に戻り、彼女は言った。
「うん。素直なのはええこっちゃ。じゃあこの標札は、うちが遠慮なく掛け直すで」
 珍品比べに勝ったユトは、上機嫌で標識の足下に落ちていた標札を拾い上げた。


 剥がれかけた白いペンキに描かれていたのは、背を向け合った二つの矢印と、二つの町の名前。
 少し傾いた風変わりな標識の良く目立つ位置に木切れを添えたユトは、一声、草原の中で道具を片づけていた相棒の名を呼んだ。
「バムッ!」
 風を切る音。旅商人の頬をかすめて、それは突き刺さった。
 小気味良い音がして、ユトが両手を離す。標札は落ちなかった。
 またもや珍しい芸を目の当たりにして、カムパネラは白木の杭が打ち込まれていた標札をまじまじと眺めた。
 でも、と我に返ったカムパネラは眉をひそめ、呆れたように言った。
「素晴らしい早業ですが、その矢印の方角はあからさまに間違ってます。だからタカユカの町は北じゃなくて東なんですよー」
 胸を反らせ満足げに標識を眺める娘は、芸の褒め言葉は聞いても、忠告を聞く耳は持たなかった。
「勝ったのはうちらやでぇ。だ、か、ら、タカユカの町は北やっ♪ ほら、行くでー」
 ターバンから飛び出した赤毛を楽しげに揺らし、ユトは歩き始めた。
 全ての道具を黒衣にしまい込んだバムザが、影の様に続いた。
「ちょ、ちょっと! 勝負に負けた私は諦めてついて行きます…でもせめて、次にこれを見る人達の為に、立て札は元に戻しておかないと…」
 歩き出した二人に向かってカムパネラが請う。軽い足取りで鼻歌まで歌い出していた少女は、くるっと踊るように振り返り、後ろ足で歩き続けながら歌うように言ってのけた。
「だからうちが戻したやん」
 軽い足取りと陽気な答えに、疑問は微塵もなかった。
「……」
 肩を落とした旅商人は、トボトボ歩き出した。
 黒衣の機械人が、同情するかのように、歩調を合わせた。

 青空に向かって傾いた白い標識が一つ。はりつけられた標札が一枚。
 あとには何もない大草原の辻道を。
 三人の旅人達が北へ歩いていった。

 草原を流れる乾いた風が、肌に心地よかった。

 三日後。
 三人の旅人達は、パムトの町にたどり着いた。




 
 
 

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『草原で交わる四つ辻から』
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