×

[PR]この広告は3ヶ月以上更新がないため表示されています。
ホームページを更新後24時間以内に表示されなくなります。

 
 
 

▼worlds 紙芝居王
■01_06
『川岸を行き来する人達が眺める中洲から』
←return   →next






















































































































■紙芝居王_第一集第六景
『川岸を行き来する人達がにこやかに眺める中洲から』_ver_0.33

 旅の少女とお供の黒い狼が見たものは、浅い川の中ほどに突き出した白い角だった。
 僅かに覗いた中洲の土から伸びるそれは、川の流れに沿って、山なりに数本突き出ていた。
 岸辺で立ち止まった赤髪の少女は狼に言った。
「ねぇ、ピッケル。あれがきっとお母さんの病気を治せる<土竜の角>だよ。取りにいかなくちゃ」
 話しながら辺りを見回していた少女は、上流の淀みに腰丈ほどの流木を見つけた。淀みに向かった彼女は、その流木を拾い上げた。両手で握ると、足下の地面を確かめるように軽く突き始めた。そんな彼女に狼が言葉を伝えた。
『待ちなよクーリィ。何か嫌な予感がするんだ』
 静かに忠告する狼を残し、少女は赤いお下げ髪を揺らし、水を跳ね上げ川の中へ足を踏み入れた。
 幾度か川底に足を取られそうになりながらも中洲へ辿り着いた少女は、濡れた着物に土が付くもの気にせず、両膝をついて身をかがめた。そして彼女は、岸で見たより大きく感じる白い角の根元を、流木で掘り始めた。土は思ったより軟らかく、見る見るうちにかきのけられていった。少女が心配で仕方なくついてきた狼も、結局それを手伝うことになった。

 白い角はいくら掘っても根元を現さなかった。それはまるで、話の結末を引き延ばし続けるかのように、細くも太くもならずに埋もれていた。少女は諦めきれず、懸命に掘り続けた。<土竜の角>の根からとれるエキスは、太古の呪いを解く力があると伝えられていたからだ。狼も前足を休めることなく、土を掻き続けた。

 陽が傾き始めた頃。狼は土の中に角以外の何かを掘り当てた。それは干からびた小動物の死骸だった。荒い息をついた狼が、ようやく異変に気づいた。まだ終わりを見せない白い角の底からは、甘い匂いが強く漂っていた。
『クーリィ! 今すぐここを離れよう!』
 黒い狼が傍らを見た。先程から手を休め俯いたままだった少女は既に、濃厚な香りの中で深い眠りに落ちていた。
 狼は娘の襟元を咬み、そこから出ようとした。しかし、二人が掘った穴は随分深くなっていて、一跳びで抜け出せそうになかった。跳ぶ為に四肢を踏みしめる度、ぬかるんだ土に足を取られた。荒い息をつく狼の足下を、染み出してきた水が濡らした。夜になり川の水が増えたらしい。頭上の湿った土も崩れ始めていた。甘い眠りの縁に誘われながらも、狼は穴の底で吠えた。

 すると頭上から男の声がした。
「大丈夫? おや、女の子もいるのか……ちょっと待って」
 しばらくして、自らに縄を結びつけた若い男が穴の底に降りてきた。昏倒する少女を背負うと一度だけ縄の引きを試し、彼は器用に力強く昇り始めた。残った気力を振り絞り、狼がその後を跳ねた。


 クーリィが目覚めると、空には丸い月が昇っていた。少しだけ気だるい身体を起こすと、少女は自分が小舟に揺られ、川を緩やかに下っていることに気づいた。傍らではピッケルが影のように身を寄せて蹲っていた。少し離れて櫂に身をもたせかけていた青年が笑って言った。

「この時期になると、あれが川を降りてくるんだ」
「あれ……?」
 男の唐突な話についていけず、自分がいつ舟に乗せられたのかもわからないまま、クーリィは静かに尋ね返した。
 青年は川面を眺めながら、話を続けた。
「村の老人達は、<ウィズラの背びれ>って呼んでる。都の学者は土魚の一種とか言ってたっけ」
「土魚…?」
「あぁ。なんでも川上から海へ向かって、川底の土の中を泳いでくるらしいんだ。それで、腹が減ったときには、あんな風に、白い角だか背びれだかを出して、匂いにつられてやって来る獲物を待つんだって。随分気の長い話だよな」
「獲物?」
『僕らのことだよ』
 未だ話が飲み込めない少女に、目を閉じて蹲ったまま、狼が彼女にだけ聞こえる声で言った。
 青年は川面から顔を上げ、黒い狼に向かって首を傾げる少女を不思議そうに眺めた。自分には聞こえない言葉を交わしているように思えたのだろう。彼は丸眼鏡を押し上げ目を細め、旅人達を伺った。やがて気のせいか、とばかりに肩の力を抜くと、青年は話を続けた。
「ともかくアレが村の畑まで荒らしに来るってわけでもないから、俺達は別に困ることはないんだ。でも、何も知らない旅人には危ないかもな。なんにせよ、おもしろそうに見えても近づかないのが一番。そのうち川を下って行くだけだから。あんた達もこれに懲りたなら、次からは気をつけることだ」
『駆け出す前に、よく考えることだね』
 ピッケルの皮肉混じりの言葉を聞き流し、クーリィは青年に尋ねた。
「あの、あれは白水晶の都から広まった眠り病を治せる<土竜の角>じゃないんですか?」
「いや、そんな話は聞いてないな。そんな病に効くんだったら、もっとみんなに知られてるはずだし。あんた達がそれを探していたのなら、残念だが、違うと思う」
「そうですか……」
 気落ちしたような少女に、狼が首だけ上げて、言った。
『助かっただけでも良かったじゃないか、クーリィ。<土竜の角>はまた探せばいい』
「そうだね…あ、まだお礼も言ってなかった。あの、助けてくれて、どうもありがとう」
 慌てて頭を下げる少女に、気のいい村の青年は笑って頷いた。

 そして一人と一匹は、再び薬探しの旅を始めた。川下で少女と黒狼を降ろした村の青年は、ほんのり青く色づき始めた夜明け前の空の下、手を振って旅人達を見送った。


「これでどやっ!……あかん。まだ笑ってるで、あいつら」
 最後に一つ、扇子で講釈台を打つと、ユトは万策尽きたとばかりに天を仰いだ。一昨日までの曇り空とはうって変わり、高く深い青空が広がっていた。
「……」
 芝居の余韻に浸っているのか、バムザは俯き、一切の動きを止めていた。
 二人は川の中洲にいた。岸辺には、幾人かの村人達。彼らは楽しそうに旅人達の芸を眺めていた。
「手ぇ振ってるわ。挨拶ちゃうっちゅーねん。救難信号、わからんかなー」
 頤(おとがい)を上げたまま川岸へ目を細めたユトは、口の端だけ歪め、自虐的な笑みを浮かべた。やがて諦めたように溜め息を一つつくと、活弁士は頭を掻きながら呟いた。
「ま、これも<土竜の角>の罠、なんやろなー」
 同意を求めるかのように隣を見ると、絵師が持つ額縁の中に、相方への字幕が現れていた。
『喰い意地はったのがマズかっただけ』
「うるさいわ!」
 次の瞬間、娘の回し蹴りが字幕に大穴を開けた。岸辺から新たな歓声とまばらな拍手が聞こえた。
「これも芸ちゃうでっ!!」
 腕を振り回し、岸に向かって銀輪手長猿のようにわめき始めたユト。
 呆れているのか、バムザは額縁を握ったまま、一切の動きを止めていた。

「あいつら、助け求めてんのかな?」
 川岸から中洲の芸を眺めていた村人達の中で、一人の真面目な青年がふと呟いた。彼は丸眼鏡を押し上げ目を細め、旅人達を伺った。
「まさか。そんな連中があんな絵ぇ見せたり扇子振り回りして遊ぶわけないだろ」
「だよな」
 二人の若者達が、青年をからかうように答える。物知りな年寄りが続けて言った。
「それにあの娘っ子の隣におる黒いのは、ほれ、繰人じゃろ? 人様にはできないことが色々できるそうじゃ。儂らが余計なことすることもなかろうて」
「それに最近、何かと物騒だからなぁ。触らぬ神に祟りなし、だな」
「おうよ」
 真面目な青年は、それでも納得行かないように、腕組みしながら言った。
「でも昨日より、随分水かさが増えてるし。ひょっとして中洲から出れなくなったとか…」
「なに言ってんだよ。水かさが増えるのなんて、普通気づくだろ。単にあの中洲が気に入ったんじゃないのか。それにあんな場所で遊んでる奴らなんて、どう見たってマトモじゃないって」
「そうそう。お前は昔から心配性なんだよ。あんな胡散臭いの連中のことまで気にかけてたら、一気に老け込むぜ」
 二人の若者達が、青年をからかうように笑う。物知りな年寄りが続けて言った。
「それは儂に対するあてつけかの?」
 
「あいつら、何ゴチャゴチャしゃべってんねん。はよ舟出せっつーの」
 岸辺で楽しそうに笑い合う村人達に、イライラ呟き始めたユト。娘は檻の中の獣のように、まだ冷たい水の流れに囲まれた中洲の周りをグルグル練り歩き始めた。
「珍味なタケノコ喰って寝ただけで、なんでこんな目に遭わなあかんねん……」
 水を吸って靴底に貼りつく土にまで八つ当たりするように、ユトは地面に向かって文句を言い始めた。冬眠後で腹を空かせた銀輪大熊のように、彼女は中洲の縁を力任せに踏み鳴らして歩く。耳障りな砂利の音も小娘の八つ当たりも、更に水かさを増した濁流の音にかき消された。
「大体おもろい芝居観たら、『素晴らしい。是非、うちの村でもやって下さい』とか言いに、舟の迎えくらい来るはずやん」
 そんなユト目がけて、紙片が風を切って飛んで来た。それを見向きもしないまま掴むと、彼女は相方の言葉を一瞥した。
「なになに……『その芝居もよく見えてなかったと思う。あの人達って人間だから……』……あぁ。あいつら、杜人みたいな遠目ちゃうかってんな……って。んなこと、芝居やる前に言ぃや!」
 更に怒ったユトが相方を睨む。
 バムザは、絵筆や画板といった芝居道具を、黙々と黒衣の中に片づけ始めていた。

「いゃあ、ええ息抜きになったわい。じゃ、そろそろ仕事に戻るとするかのぅ」
「そうだな。稲の刈り取りもまだ山ほどあるし」
 物知りな年寄りがかけ声と共に、椅子代わりにしていた丸石から腰を上げる。若者達も、それぞれの仕事道具を肩にかけて言った。真面目な青年だけが、まだ気がかりらしく、歩き出した彼らの背中に声をかけた。
「でもほっといていいのかな? 舟を出すくらい、すぐできるのに」
 若者の一人が中途半端に振り返ると、面倒くさそうに言った。
「なんだ、まだ言ってるのかよ。じゃあお前、舟に乗って行ってみろや。中洲に近づいた途端、あの黒いのに捕まって赤毛娘に簀巻きにされて川底にドボン、とかなっても俺達ゃ知らねぇぜ」
「えっ!?……」

 結局、二人はその後も川の中洲にいた。岸辺で楽しそうに旅人達の芸を眺めていた幾人かの村人達は、中洲の芸人達に手を振って別れを告げると、牛車を引いたり鍬や桶竿を担ぎ直したりして、それぞれの日々の仕事へと戻っていった。紺碧の空の下、濁流は更に水かさを増した。



■紙芝居王_第一集第六景幕間
『川岸を行き来する人達がにこやかに眺める中洲で』

「あかん。行ってもうたわ……」
 ユトがゲッソリと言った。やや前屈みで両腕を前に力無く垂らしたその姿は、古杜に棲む銀輪手長猿に似ていた。昼下がりの中州で、二人は立ち往生していた。
 黒衣から取り出した芝居の物より一回り小さな紙片に筆を走らせ、バムザが問うた。
『「助けてー!」って言えばいいのに』
 手長猿の格好のまま眉根を寄せ、ユトが答えた。
「それだけは、あかん。うちにも活弁士としての矜持があるんや」
 相棒の意地は今に始まったことではないのだろう。それ以上問いかけることもなく、黒衣の絵師は無言で空を仰いだ。形良くまとまった羊雲が、風に流され飛んでいた。しばらくして、ユトがしぶしぶ言った。
「……どないする?」
 空から濁流に目を移したバムザはやがて、おもむろに黒衣を指さした。途端に、ユトが嫌そうな顔をして言った。
「えー。そん中入ったら、どこ出るかわからんやろー」
 相棒の不平は今に始まったことではないのだろう。それ以上問いかけることもなく、黒衣の絵師はおもむろに黒衣の中へ自らの白い頭を押し込んだ。繰人の白い頭蓋は、黒衣から変異した歪んだ闇の中へ、溶けるように吸い込まれた。
「あちゃー、やりよった」
 ユトの目の前で、バムザの白い外殻の上半身も、頭や首に続いて暗闇へ消えた。そして宙に浮いたまま形を崩し始めた奇妙な黒い靄から、白い腕が差し出された。
「へいへい、わかりましたー」
 ユトがしぶしぶ気のない返事をした。彼女は相方の白い手を掴むと、ぬかるんだ地面を軽く蹴って、揺れる暗がりへ飛び込んだ。世界に空いた黒い穴は、ゆらゆらと収縮し、やがて音もなく消えた。

「あれ、あの二人組、いなくなってる。せっかく舟を出してやったのに……」
 村の青年の漕ぐ小舟が川上から中洲につくと、二人の旅人の姿は、既になかった。
 年寄りの話はきいておくものだと思った。




 
 
 

▼worlds 紙芝居王
■01_06
『川岸を行き来する人達が眺める中洲から』
←return   →next